『マイ・ステレオ作戦』 長岡鉄男

 
 今日もはよから蔵書の整理。
 こんな本が出てきた。
 ここでいうステレオとはオーディオのこと。本書が書かれた昭和45年(1970年)当時、オーディオはかなり高級な趣味だった。マニアと呼ばれる一部の金満家は、音の高忠実度(ハイ・フィデリティ=Hifi)を求めて惜しみなく金を使った。「いい音」を聴くために様々なオーディオ機器を購入し、その音を競ったのだ。音源は「LPレコード」。直径30cmその盤を「ターンテーブル」にセットし、そこにカートリッジ(とレコード針)を装着したアームを置く。針が盤面から感知した振動はカートリッジで電気信号に変換され、さらにそれはアンプで増幅されスピーカから流れるというわけである。
 各機器には「名器」と呼ばれるブランドがあり、これらを納得の行く形で集める(PCで言う自作)とその金額は天文学的な数字になる。それでも既成の機器に飽き足らぬマニアは、重低音の再生のためにコンクリート製の巨大なホースピーカをオーディオ・リスニングルーム(レコードを聴くため専用の部屋があった)の壁をぶち抜いて取り付けた。この時代、コンクリート製の銭湯の煙突みたいなホーンが、壁面から二本ニョッキリと突き出しているような家も実在したのである。
 いや、スピーカ、アンプ、アーム、プレーヤ、カートリッジetc、当時どれほどの贅が競われたかを書き始めたら一冊の本が出来てしまう。だから、このへんで止めておくが、秋葉原日本橋の電気街で主流はオーディオ機器で、電気街ならぬオーディオ街だったことは書き留めておこう。
 著者、長岡鉄男はそんなブームの頂点にいたオーディオ評論家であった。オーディオ専門誌に寄稿する評論家の多くが、マニア垂涎の機器に囲まれて優雅に音楽に浸っていたとき、長岡はなんと機器(スピーカ)の自作を推奨したのだ。それも高級品とは異なる、既成の小型スピーカユニットを用い(ときには、秋葉原ジャンク屋で中古ラジオやテレビのスピーカを二束三文で調達してきて使用した)、数々の珍作とも言える製作したのだった。
 本書はその自作スピーカ製作の愉しみを紹介した好著である。
 ラワン単板やハードボードから、果ては植木鉢、ゴミ箱、スツールまで利用したスピーカシステムの数々、一見ウケ狙いのゲテモノ風だが、求めるものは常に「美しい音」からブレることはない。そして、自作が続くうち遂に最高級難度のスパイラルホーンに到達する。実は、この後(1986年)、長岡はバックロードホーン型スワンを開発し、あの立花隆にも絶賛されるのだが、ここにその萌芽が見られるのだ。スワンはスーパースワンに発展し、今も愛好するマニアは少なくない。
 オーディオブームはいつしか去り、サンスイ、アカイ、ケンウッドといったメーカーも既に無く、パイオニアテクニクスといったオーディオブランドも撤退した。自己紹介の趣味の欄に当たり前のように「レコード鑑賞」なんて書いていた時代はまさに太古代のように感じられる。
 オーディオ華やかなりし時代の片鱗をうかがわせる本書。パラパラやり始めたら止まらなくなり、蔵書整理はまたもや延期となるのであった。嗚呼。
 著者の長岡鉄男氏は2000年に亡くなられているが、検索すれば今なお根強い人気を保っていることがお分かりいただけるはずである。

『マイ・ステレオ作戦』 長岡鉄男 音楽之友社 1970