死体置場は花ざかり カーター・ブラウン
文は人なり
コミさんのことを書き出すとキリが無くなる。
一面識もないお方だったが、街では何度もお見かけした。それも偶然だが、そのときのことが後年エッセイに書かれていて驚くことしばしばだった。ゴールデン街で沈没した翌日、洗面器タオル石鹸を渡され、呑屋のママに風呂屋に行かされた、その途中を明治通りで見かけた。後年編集者に話したら「コミさんはそんなとこに住んでいないから他人の空似ですよ」と言われたが、たまたまゴールデン街に宿泊した翌日だったのだ。地下鉄に乗って映画館に行く途中も有楽町線で何度かお見かけした。
ほら、きりがなくなる。じゃあ、後一つだけ。コミさんは本物のヤクザだった。ヤクザっぽいとか喧嘩三昧とか無頼派とか、そんなインチキじゃなくて、盃を交わした本物のテキ屋だった。なのに修羅場をかい潜ったなんてことは一切言わない。ホンマモンやなあ。
おれは、コミさんの書く文章がたまらなく好きだ。以前、書評ブログで「田中小実昌の訳文は悪文なので、せっかくの原作が台無し」なんて書いていた方(一般の方)がいた。コミさんの文章は平明だけど決して、悪文ではない。筒井康隆は『創作の極意と掟』の中でコミさんの翻訳、ジェイムズ・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を上手な文章の例に上げている。
コミさんは難しい言葉とか難しい漢字は使わない。普通の言葉でなんのてらいもなく綴っていく文章は、時として意味深で時として辛辣だったりする。そこがゾクゾクするほど面白いんだけど。そして、翻訳だってとても律儀なのだ。分からない言葉、固有名詞は徹底的に調べて決して誤魔化さない。ダシール・ハメット『血の収穫』を訳したときも1頁に出て来る「ビュートのビッグ・シップという酒場」という言葉に首をひねる。他の翻訳者は「モンタナ州ビュートの――」と書いているが、原作に「モンタナ州」という言葉はない。ひょっとして舞台になったサンフランシスコにビュート通りという場所があるのではないか。コミさんはサンフランシスコ在住の友人に手紙で訊ねたり、古い地図を調べたりして、ビュート通りの存在を発見する。もっとも、確信がなかったので、翻訳は「モンタナ州ビュート」にした。そして、後年、『ハメット』の著者、ジョー・ゴアズに直接電話して確認を取ったりもしている(でも、モンタナ州が正しかった)。
そんな、コミさんが最初に訳したカーター・ブラウンの作品が本書『死体置場は花ざかり』である。コミさんはあとがきでおどかしがなくてかるいカーター・ブラウンの文体をべた褒めしている。平明な原作を平明な文体のコミさんが訳したのだから、最高の組み合わせだと思ったのだが――
いやはや。まさに「文は人なり」。女と酒に目がなくて、オースチン・ヒーレーを乗り回す、「おれ」ことアル・ウィーラー警部が、タフなおっさんではなく、丸顔で禿頭、訥弁の田中小実昌と重なってしまうのだ。コミさんが酔って女を口説いてる姿が浮かんでくると、いかなソフトとは言えハードボイルドの本書がコメディになっちまうんだよなあ。
twitterでちらと書いたけど、大富豪で我儘なグラマーの双子姉妹、ピネロープ・キャルソープ、ブリューデンス・キャルソープがなんとなく叶姉妹(双子じゃないけど)に見えてくるのはご愛嬌。
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