さむけ ロス・マクドナルド
大人になったらハードボイルド(瀬戸川猛資)
三十代半ば過ぎまで、ハードボイルドというものを敬遠していた。出会いが良くなかったということもある。最初に読んだのが、名作と言われていたチャンドラーの『プレイバック』。結論から言うと、フィリップ・マーロウに全く感情移入出来なかった。その気障な台詞を含め「なんだ。こいつは無教養なファイロ・ヴァンスじゃないか」と斬って捨ててオシマイ。それではと手に取ったのが不朽の名作とされるハメットの『マルタの鷹』。これはもうどうしようもない。事件そのものの概要が茫洋として分からないし、殺人の動機も、そもそもなんで私立探偵に依頼したのかも何が何だか分からない。後年、これまた名作とされるジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』を見たのだが、原作に忠実なあまり、これまた茫洋とした映画で、ますます分からなくなってしまった。
そんなおれにロス・マクドナルドの素晴らしさを教えてくれたのが、冒頭に引用した瀬戸川猛資だった。瀬戸川は著作『夜明けの睡魔』中の「大人になったらハードボイルド」で、おれ同様にハードボイルドが嫌いと表明し、しかし、例外としてロス・マクドナルドを挙げていた。そして、最高傑作として紹介されたのが、本作『さむけ』だったのだ。
となれば読むしかない。一読驚きましたがな。アル中の暴力好きの探偵が、女口説いたり、バーボンラッパ呑みしたり、殴り合ったり、拳銃ぶっ放したりというおれの先入観(というより偏見だね)とはかけ離れた地味で霧に呑まれたように暗い物語。だから、つまらないかと言ったら大違いで、瀬戸川が言っている
全編に仕掛けられた大トリック、伏線の妙、二転三転のクライマックス、最後の驚くべき真相……。
は掛け値なしの評価、文字通りの大傑作だった。そして、有名過ぎる最後の一行の言葉――
あげるものはもうなんにもないんだよ、レティシャ。
は、生きてる限り忘れることはないだろう。
実はこの書も書斎雪崩発掘本。あまりに衝撃的なラストの真相と名セリフで、今まで全く読み返さなかった。本の山から引っ張り出したついでにと読み直して驚いた。真相と犯人を知りながら読んでいくと、冒頭から、作者ロス・マクドナルドの仕掛けた罠がよく分かる。これはすごい収穫だ。ということで敢えて紹介した次第です。ロスマクの作品は後期の『一瞬の敵』『ギャルトン事件』『縞模様の霊柩車』『ドルの向こう側』『ウイチャリー家の女』など、総て面白い。
なお、瀬戸川猛資については次のエントリで。
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