シャドー81 ルシアン・ネイハム

 
 ああ、やっぱり持っていた。捨てたり売ったりする本じゃないから、絶対どこかに紛れてるんだと思ってたが、図星だったね。
 おれが本書(書影)を贖ったのは1977年、なんと四十年前のことだった。全く聞いたことのない作家、しかも驚くことにこれが処女作だという。いや、この作品が絶版で入手困難なら、ここで詳しく紹介したいところだが、下のAmazonの記事にあるように、2008年に早川書房から再発売されているのね。だから、具体的な内容に触れるのはぐっと堪えつつ、本書を紹介していく(隔靴掻痒)。
  ベトナム戦争の影は未だに消えず、ハイジャックは世界中で猛威を奮っていた。本書もそんな時代背景で――と書き出すと、『ランボー』のみたいなベトナム戦争帰還兵によるハイジャックの物語なんて思うかも知れないが、ぜんぜんそんなお話ではない。このハイジャック自体が実に意外性に富みユニークなので、そこでもう唸り、ストーリーに引きずり込まれる。だから、もうこれ以上のネタバラシは出来ない。読んで頂くしかない(無論、ハヤカワ文庫版をだよ)。オールタイム・ベストに選ばれるような傑作なんだから。実際、1977年、第1回「週刊文春ミステリーベスト10」では第1位に選ばれている。
 おっと、思わせぶりの紹介を書くことが、本エントリの目的ではない。華々しく登場した大傑作がその後どうなったのか、そのへんの毀誉褒貶を述べてみよう。
 本書(新潮文庫版)の解説で翻訳者の中野圭ニはこんなことを書いている。

 本書は一九七五年にアメリカのダブルデー社から出版された“Shadow 81”の全訳です。同書は翌年にはイギリスで発売され、同時にペーパーバック版もニュー・イングリッシュ・ライブラリーから出され、ついに仏語訳がパリのJ・C・ラテ社から、さらには、スペイン語訳、ポルトガル語訳がそれぞれスペインとポルトガルで出るなど、相次いで各国に読者を得ています。しかもアメリカではすでに映画化が決定し、仄聞するところではシナリオの完成も間近いということです。主役にはスティーヴ・マックィーンの声もあがっているとか、もっとも、フランスのある書評子はロバート・レッドフォードを名指ししています。こうしてみると、「近年まれにみるサスペンス小説の傑作」とか、「ほんとにおもしろいスリラー小説のなかなか得がたい今日、これほどのものを秘密にしておくのは罪悪である」とかいう絶賛のことばも、あながちレトリックとばかりは言いきれないようです。

 まさに大絶賛とはこのこと。デビュー作が各国で(日本でも)翻訳・出版され、既にハリウッドでの映画化も決定している。しかも、キャスティングにはスティーヴ・マックィーンロバート・レッドフォードというスーパースター(時代を感じさせる名前だけど)が予定なんて、もう登場とともに大ベストセラー作家誕生という、シンデレラストーリーそのもの。

 が、しかし――
 御存知の通り、本作が映画化されることはなかった。それも、製作が進行しながら諸般の事情で頓挫した、なんてことではなく、映画化なんて話は最初からなかったのだ。おれの記憶からも本作は徐々に忘れられ、そうして前述したようにハヤカワ文庫版が上梓されて、やっと思い出した始末だった。ハヤカワ版、書店で手に取りながら買わなかったのは新潮社版が絶対に手許にある確証があったからだけど、その通り、書庫雪崩のお陰で再び邂逅することができたのであった。慶賀。

 wikipediaルシアン・ネイハムの記述によれば、

 ルシアン・ネイハム(Lucien Nahum、1929年-1983年)は、アメリカ合衆国の小説家。エジプトのアレキサンドリア生まれ。
 16歳の頃からイギリスやフランスの新聞記者としての活動を始め、フランス通信社ニューヨーク支局の新聞記者として長年仕事を行っていた。1975年に発表されたハイジャックを描いた唯一の小説『シャドー81』(中野圭二訳)はアメリカでは全く話題にならなかったが、日本では1977年度の週刊文春ミステリーベスト10で1位になるなど高く評価され、冒険小説の名作の一つに数えられる。

 本書はネイハム唯一の小説、かつ、日本以外では全く評価されなかった。しかも、発表後、8年後にネイハムは死去している。カール・ブッセの「山のあなたの空遠く」の詩とか、バイエルのピアノ教本とか、日本以外の国ではほとんど評価されていないものも少なくない。それにしても、この大傑作の評価が彼我でこれほど違おうとは。
 消えた傑作『シャドー 81』。是非手に取りお読み下さい。
 凄いですから、ホント。

高世幸明 愛唱集 山のあなた/お才

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標準バイエルピアノ教則本  全音ピアノライブラリー

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シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)

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